相続税を計算するときは、財産額を決めるため、財産をそれぞれ評価します。
そして相続税の実務上、その財産評価には課税当局が定めた「財産評価基本通達」というものに則って評価していることが多いのが実情です。
今回は「財産評価基本通達」について詳しく解説していきたいと思います。
相続税法における時価
前述の通り、相続税の実務では財産を評価するにあたって「財産評価基本通達」に則って評価することが多いです。
この財産評価基本通達を理解するためには、相続税法における「時価」から順を追って解説する必要があります。相続税の時価について、相続税法22条は次のように規定しています。
<相続税法22条>
この章で定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。
このように相続税法22条では「財産の取得の時における時価」を財産価額としています。
そして相続・贈与により取得した財産価額の合計額が、課税標準です。
しかし、そもそも「時価」とはいくらなのでしょうか。
相続税法では「地上権」「定期金に関する権利」「新たに配偶者居住権」についての評価方法を定めるだけで、他の財産についてはもっぱら『解釈』に委ねられていると解されています。
そして、その解釈として、相続税法における時価=客観的な交換価値、つまり「不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額」が時価を意味するとされています。
財産評価基本通達とは
財産評価基本通達とは、相続税・贈与税および地価税に共通の財産評価に関する基本通達のことです。
先ほど紹介したとおり、相続税法における時価=客観的な交換価値、が前提ではありますが、財産の時価を「客観的に」評価することは容易ではありません。ある人の解釈では100万円かもしれませんし、他の人の解釈では150万円になる可能性もあります。
このように納税者間で財産評価がまちまちになることは、課税公平の観点からして不合理です。そこで相続税法は、特に評価方法が困難な財産(地上権等)については、その価額の算定について法定評価方法を設けています。
その他の財産の評価はすべて解釈にゆだねられていますが、この解釈について基本方針を定めているのが「財産評価基本通達」です。
「財産評価基本通達」は財産評価の基本的な方針を定めた上で、納税者間の公平の維持、納税者および課税当局双方の便宜、徴税費の節減等の観点から各種財産について画一的かつ詳細な評価方法を定めています。(金子宏『租税法(第24版)』734~735項(弘文堂, 2021))
現実の相続財産評価事務は、この「財産評価基本通達」に従って行われています。
財産評価基本通達は第1章から第8章までで構成されており、それぞれ各種財産の評価方法について定めています。
- 第1章 総則
- 第2章 土地及び土地の上に存する権利
- 第3章 家屋及び家屋の上に存する権利
- 第4章 構築物
- 第5章 果樹等及び立竹木
- 第6章 動産
- 第7章 無体財産権
- 第8章 その他の財産
このうち「第1章総則」では評価の原則を定めています。財産評価基本通達第1章総則1項の「評価の原則」(2)時価の意義を見てみましょう。
〈財産評価基本通達1(2)時価の意義〉
財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期(相続、遺贈若しくは贈与により財産を取得した日若しくは相続税法の規定により相続、遺贈若しくは贈与により取得したものとみなされた財産のその取得の日又は地価税法第2条《定義》第4号に規定する課税時期をいう。以下同じ。)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。
つまり財産評価基本通達の定めによれば、相続税法22条における「時価」は、財産評価基本通達の定めにしたがって評価した価額により算定されるということです。
財産評価基本通達の法律的な位置付け
財産評価基本通達は法令ではなく、行政庁内部での命令又は指示です。
金子宏教授は財産評価基本通達について、次のように述べています。
基本通達による評価が原則として適法であるとしても、それが著しく合理性を欠き、基本通達によっては適切な評価をすることができないと認められる特別の事情がある場合には、他の合理的な方法によって通達の基準より高く、または低く評価することができると解すべき。
金子宏『租税法(第24版)』735項(弘文堂, 2021)
また、東京高等裁判所平成25年2月28日判決(TAINZ文献番号Z263-12157)では次のように判示しています。
評価については、租税負担の実質的な公平を確保し、安定した課税手続を実現させる観点から、財産評価基本通達を定め、それが評価方式として合理的なものである限り、全ての納税者にこの評価方式を適用すべきである。
そして、特定の納税者あるいは特定の相続財産についてのみ財産評価基本通達の定める評価方式以外の評価方式によって行うことは、たとえその評価方式による評価額がそれ自体としては相続税法22条の定める時価として許容できる範囲内のものであったとしても、その財産評価基本通達が定める評価方式によった場合にはかえって実質的な租税負担の公平を害することが明らかな場合を除き、納税者間の実質的負担の公平に欠けることとなり、許されないというべきである。
租税平等主義が求める平等取扱原則の観点からも、この判示は合理的であると考えられます。
「相続税法の時価」と「財産評価基本通達」の関係
先述した財産評価基本通達の法律的な位置付けをもとに、「相続税法の時価」と「財産評価基本通達」の関係を整理していきます。
時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に、通常成立すると認められる価額で財産の客観的交換価値です。
「納税者間の公平」の観点から見ると、ある財産評価基本通達による画一的な評価方法による財産評価は、相続税法22条の時価を超えないものである限り違法ではありません。
「財産評価基本通達による評価」が時価評価として合理性がある限り、納税者間の公平の観点から、全ての納税者が財産評価基本通達による評価を行う必要があります。
そのため相続税の実務では、財産評価基本通達に基づいて時価を算定しています。しかし相続財産は多様で、全ての財産について財産評価基本通達で客観的な交換価値を求めることは困難です。
そこで例外的に、「財産評価基本通達による評価によらないこと」が正しい、とされる「特別の事情」がある場合には、別の合理的な評価方法によることが許されるとされています。
原則
「時価の客観的な交換価値を算定すること」が難しいため、納税者の公平性の観点から、財産評価基本通達による画一的な評価方法に委ねる方法を採用
例外
特別の事情がある財産があって、かつ別の合理的な評価方法がある場合には、その合理的な評価方法で計算
財産評価基本通達での評価が不適当と認められる財産の評価方法
財産評価基本通達での評価が不適当と認められる財産の評価方法は、「財産評価基本通達6」を知ると理解できます。
〈財産評価基本通達6〉
この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の評価は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
この財産評価基本通達6について、金子宏教授は次のように述べています。
基本通達による評価が合理的ないし適切といえない特段の事情がある場合には、評価は違法になると解すべきである。
このことを考慮してであろう、基本通達第1章6は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と定めている。
(金子宏『租税法(第24版)』735項(弘文堂, 2021))
ここでいう「特別の事情」の意義は、明らかにされていません。
過去の判決においても「特別の事情」があるとは「財産評価基本通達によった場合には、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな場合」との理由を述べているだけになります。
よって相続税の実務では、それぞれの財産に「特別の事情」があるのかどうか判断しなければなりません。
しかし納税者が「財産評価基本通達」に基づいて求めた価額について、課税庁が「財産評価基本通達6」によって独自に時価を計算して課税処分に及ぶケースを考えてみるとどうでしょう。
納税者の予測可能性の観点からいえば、できるだけ具体的な基準が明らかになってほしいところです。
しかし具体的な基準が明らかになることにより、新たな租税回避事案を生じさせる恐れもあることから、現実的には課税庁において具体的な基準を明らかにすることは困難であろうと考えられます。
「特別の事情」があることにより、「納税者サイド」と「課税庁サイド」の双方において独自に時価を求めるケースもありえます。
しかし「特別の事情」の具体的な基準については、租税回避事案を生じさせる可能性があることから明らかにすることは困難です。
このような現状では「納税者の予測可能性」と「法的安定性」は確保できていないことになりますから、筆者(大岡税理士)としては財産評価基本通達6の存在意義について違和感を持っています。
まとめ
今回の記事では「財産評価基本通達」が制定された経緯や通達の中身を解説させていただきました。
この記事で解説したとおり、相続税を計算するときの財産評価には、次のようなルールがあります。
原則
「時価の客観的な交換価値を算定すること」が難しいため、納税者の公平性の観点から、財産評価基本通達による画一的な評価方法に委ねる方法を採用
(財産評価基本通達に則って評価)
例外
特別の事情がある財産があって、かつ別の合理的な評価方法がある場合には、その合理的な評価方法で計算
(財産評価基本通達6よる)
私(大岡税理士)としては前述したとおり、納税者の予測可能性と法的安定性は確保できていないことになるため、この財産評価基本通達6の存在意義について個人的に違和感を持っています。
これは最高裁判所第三小法廷令和4年4月19日判決において財産評価基本通達6の存在意義が否定されたことも理由としてあげさせていただきます。
次回以降に財産評価基本通達6で争われた裁判例等を検証してどのような結末になっていったのか解説していきたいと思います。