自分の相続分を特定の人に譲ることはできるの?〜相続分譲渡を行政書士が解説〜

自分の相続分を特定の人に譲ることはできるの? 相続分譲渡を行政書士が解説 相続トラブル・事例
相続トラブル・事例
相談者様:<br>50代男性
相談者様:
50代男性

先日父が亡くなり、相続人となりました。

相続人は母と兄2人、私の4人です。

 

家族とはなかなか折り合いが合わず、何年も会っていませんでした。

そのため父の遺産と言われてもピンとこないことと、私自身財産を築いていることもあり、父の遺産を特段必要としていません。

遺産分割が必要と言われましたが、そのような面倒な手続きをしたくないと思い、相続放棄をしようかとも思っています。

 

しかし、高齢の母も心配なため、私の相続分を母に譲れないかと思っています。

そのようなことはできるのでしょうか?

 

長岡行政書士事務所:
長岡行政書士事務所:

今回のご相談は、特定の誰かにご自身の相続分を譲ることはできるのか?といったご相談でした。

結論から申し上げますと、”相続分の譲渡”という方法で特定の誰かに相続分を譲渡することができます。

 

今回は相続分の譲渡について、メリットやデメリットなども合わせて詳しくご説明していきます。

 

この記事の執筆・監修者
長岡 真也(行政書士)

長岡行政書士事務所代表。1984年12月8日生まれ。
23歳の時に父親をガンで亡くしたことから、行政書士を志す。水道工事作業員の仕事に従事しながら、作業車に行政書士六法を持ち込んでは勉強を続け、2012年に27歳で合格。
当時20代開業者は行政書士全体の中で1%を切るという少なさで、同年開業。以来。「印鑑1本で負担のない相続手続」をモットーに、横浜市で相続の悩みに直面する依頼者のために、誠実に寄り添っている。最近は安心して相続手続したい方々へ向け、事務所公式サイト上でコラムを発信しており、相続手続の普及に取り組んでいる。

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相続分譲渡とは自分の法定相続分を譲ること

まず、『相続分』とは、相続人が有する遺産全体に対する相続権の持分割合のことです。

遺産全体とは、プラスとなる財産だけでなくマイナスの財産、つまり借金などの債務などを含む故人の有していたすべての財産を指します。

相続人は相続開始時から遺産分割が成立するまでの間、自分の相続分を他の人に譲渡することができます。

これを『相続分の譲渡』と言い、自分が相続する持分を他の人に譲るために設けられた制度です。

 

相続分譲渡において、譲る人を”譲渡人(ゆずりわたしにん)”といい、譲ってもらう人を”譲受人(ゆずりうけにん)”と呼びます。

相続人が相続分譲渡を受けた場合、その相続人が元々持っていた相続分に譲渡されていた相続分が加算されます。

<元々の持分割合>

A(譲渡人) ⇨ 3分の1

B(譲受人) ⇨ 3分の1

<AからBへ相続分の譲渡があった>

A(譲渡人) ⇨ 0(相続分がなくなる)

B(譲受人) ⇨ 3分の2(元々のBの持分+Aの持分を加算)

相続分の譲渡をした場合、上記のように持分が移動し、Aは相続分を失います。

その結果、Aは遺産分協議に参加することができなくなります。

相続分譲渡をすると遺産分割協議に参加する必要がなくなる

しかし、反対に言えば遺産分協議に参加する必要もなくなります。

つまり、相続譲渡することで、譲渡人は相続トラブルを避けることができます。

一方の譲受人にとっても相続譲渡するメリットがあります。

例えば、遺産分割協議では相続分を決定するためには全員の同意を必要としますが、相続譲渡をしておくと譲渡人は遺産分協議にすら参加する必要もありません。

つまり、譲受人と残った相続人の同意を得るだけでよいため、相続人が大勢いる場合などにも有効な手段として利用される制度です。

相続人以外の第三者へ譲渡も可能

相続分の譲渡は、他の相続人はもちろん、全く関係のない第三者でも可能です。

そのため、本来相続人ではない内縁関係にある妻や夫、相続人の配偶者など、誰であっても相続分の譲渡が可能です。

相続分の一部譲渡も可能

相続分の譲渡は、自分の相続分の全部を譲渡するだけでなく、その一部を譲渡することも可能です。

ただし、この場合の”一部譲渡”とは、あくまでも相続人の包括的持分の一部を指します。

例えば、”Aさんの相続分が1000万円とその他不動産が含まれていた場合、

特定の甲不動産だけを相続分の譲渡とすることはできず、Aさんが相続するとされる1000万円とその他不動産を合わせた財産のうち、3分の1を譲渡するというような場合であれば一部譲渡として認められます。

つまり財産の一部の割合を譲渡することが可能であって、特定の財産を相続分の譲渡とすることはできないので注意が必要です。

第三者の包括受遺者は相続分譲渡ができるのか?

遺贈によって受遺者は遺贈された割合に応じて負債も引き継ぎ、相続人と同一の地位にあります。

そのため、相続分の譲渡が可能であると解されています。

相続放棄との違い

相続分の譲渡”に似た制度として、”相続放棄”という方法があります。

相続放棄とは、ご自身の相続権を放棄して遺産を一切相続しない制度です。

したがって、プラスの財産を引き継がないことはもちろん、借金などのマイナスの財産を引き継ぐこともありません。

相続放棄について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。

合わせて読みたい:相続放棄とは?遺産相続で負債がある場合の対処法を行政書士が解説!

相続分の譲渡と相続放棄はいずれも遺産分割手続きから離脱する方法という点では共通しますが、以下のような相違点もあります。

  • 相続債務の負担の有無
  • 裁判所での手続きの要否
  • 期間制限の有無
  • 相続分を特定の人に譲れるかどうか
  • 一部のみを対象とできるかどうか

このように、相続分の譲渡と相続放棄は似ているけれど、さまざまな相違点があります。

以下で詳しくご説明します。

相続債務の負担の有無

<相続分の譲渡の場合>

相続分の譲渡の場合、マイナスの財産も譲受人に移転することになります。

しかし、債権者との関係では債権者の同意がない限り、譲渡人は相続債務の支払い義務を免れることはできません。

そのため、いくら「相続分は譲渡した」と言っても、これを理由に債権者からの請求を拒むことはできません。

<相続放棄の場合>

相続放棄は相続債務を含めたすべての財産を放棄することになります。

そのため、借金などの相続債務から逃れることができます。

期間制限の有無

<相続分の譲渡の場合>

相続分の譲渡は、相続開始から遺産分割が成立するまでの間であればいつでも行うことができます。

<相続放棄の場合>

一方、相続放棄の場合、原則として相続の開始があったと知ったときから3ヶ月以内に行う必要があります。

裁判所での手続きの要否

<相続分の譲渡の場合>

相続分の譲渡を行う場合には裁判所での手続きは必要ありません。

<相続放棄の場合>

相続放棄を行う場合、家庭裁判所での審判を必要とします。

相続分を特定の人に譲れるかどうか

<相続分の譲渡の場合>

相続分の譲渡は、特定の相続人や相続人以外の第三者に対して自らの相続分を譲ることができます。

<相続放棄の場合>

相続放棄の場合、事実上、放棄によって他の相続人の相続分が増加することになりますが、特定の相続人や第三者に対して相続分を移転するということはできません。

相続財産のうちの一部のみを対象とできるかどうか

<相続分の譲渡の場合>

相続分の譲渡は、自分の相続分の一部についてのみ譲渡することが可能です。

<相続放棄の場合>

相続放棄は、すべての財産について放棄する手続きです。

そのため、一部のみ放棄するということはできません。

相続譲渡のメリット

相続分の譲渡をすることによって次のようなメリットがあります。

  • 特定の人に譲渡できる
  • 対価を得ることもできる
  • 相続手続きや相続トラブルを避けることができる
  • 相続人が減るため遺産分割協議がスムーズに進みやすい

以下で詳しくご説明します。

特定の人に譲渡できる

相続分の譲渡の最大のメリットと言えるのが、自分が渡したい人に相続分を譲渡することができるということです。

相続分の譲渡と似た制度として、相続放棄をご紹介しました。

相続分の譲渡も相続放棄も相続に関わりを持たないという方法の一つです。

相続放棄の場合はその際に誰に渡すかということに関わることはできません。

一方、相続分の譲渡は特定の人を指定することができます。

『自分自身はどっちにしてもいらないけど、せっかくだからこの人のためになるなら差し上げたい!』という場面もあるかと思います。

そのような場合には、相続分の譲渡が役立ちます。

対価を得ることもできる

相続分の譲渡は、遺産分割協議前に行う必要があるというルールがありますが、そのほかには特段ルールがあるわけではありません。

そのため、相続分を譲渡する対価をもらう必要もなく、譲渡人と譲受人の双方が納得するのであれば無償でも有償でも相続分の譲渡を行うことができます。

有償の場合であれば、遺産分割協議が成立する前に金銭などの対価を得ることができます。

遺産は、遺産分割協議が終わらないと引き継ぐことはできません。

さらに、遺産分割協議は長ければ成立までに1年や2年とかかる場合もあります。

そのため、相続分を有償で譲渡することで遺産分割協議の成立を待つことなく対価を得ることができます。

相続手続きや相続トラブルを避けることができる

相続の手続きは思っている以上に大変です。

他の相続人全員とやり取りをし、全員が同意する内容で遺産分割協議を成立させる必要があり、遺産分割協議が成立するまでの間に何度も集まる必要があります。

また、戸籍などの書類の準備をするために各公的機関に出向く必要があるなど、時間も手間もかかります。

さらに、遺産相続はときにさまざまなトラブルに発展することもあります。

遺産を巡って相続人同士が対立することも珍しくなく、相続問題で後々の関係性にも悪影響を及ぼしかねません。

相続分を譲渡することでこれら一連の相続手続きや問題から離脱することができるため、時間や労力を取られることもなく、他の相続人との関係も良好に維持できるのではないかと思います。

相続人が減るため遺産分割協議がスムーズに進みやすい

遺産分割協議の話し合いは人数が多ければ多いほど複雑化します。

遺産分割協議は全員が参加する必要があり、また、決着は全員の同意です。

そのため、人数が多い分進行も時間がかかり、遺産を巡って対立するリスクも高まる可能性があります。

相続分を譲渡して相続から抜けることで、遺産分割協議がスムーズに進行することが期待できます。

相続分譲渡のデメリット

相続分の譲渡にはメリットがたくさんある一方で、以下のようなデメリットやリスクもあります。

  • 債務も引き継ぐ
  • 無償の場合贈与の対象とされる
  • 第三者へ譲渡した場合、他の相続人から取り戻し請求をされる可能性がある
  • 第三者への譲渡は手続きが煩雑となる可能性がある

 以下で詳しくご説明します。

債務の弁済を免れることはできない

相続分をすべて譲渡したとしても、遺産に借金などの債務がある場合、債権者からの請求があればその弁済に応じなければなりません。

相続分の譲渡とは、相続権の権利を手放すことであり、相続人としての地位を放棄するものではありません。

つまり、相続分をすべて譲渡したとしても、相続人であることに変わりないのです。

無償の場合、贈与の対象とされる

無償で相続分を譲渡した場合、贈与の対象となる可能性があります。

相続分の譲渡に関して、以下のような判例があります。

最高裁平成30年10月19日判決(民集72巻5号900頁)

「共同相続人間においてなされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極的財産及び消極的財産の価格等を考慮して算定さした当該相続分に財産的価値があるとは言えない場合を除き、譲渡した者の相続においては『贈与』に当たる」

この判例では、相続分の譲渡が無償でなされた場合には、譲渡人が死亡した場合の相続に際して、『贈与』や、『特別受益』等であるとみなされる可能性があるというものです。

そのため、無償の譲渡は後々にトラブルを引き起こす原因ともなりかねないため注意が必要です。

第三者へ譲渡した場合、他の相続人から取り戻し請求をされる可能性がある

相続分の譲渡は、相続人ではない第三者へ譲渡することも可能です。

しかし、その場合は遺産分割協議には相続人ではない第三者も参加しなければなりません。

相続人以外の第三者を遺産分割協議に参加させることは、余計に混乱を招くことになるという場合もあるでしょう。

そこで、相続分を法定相続人ではない第三者へ譲渡した場合、他の相続人はその第三者から相続分を取り戻すことができると法律で定められています。

民法 905条

① 共同相続人の1人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。

② 前項の権利は、1箇月以内に行使しなければならない。

この条文では、”他の相続人は成就人となった第三者が有償で譲渡を受けた場合、価格や費用を支払って相続権を取り戻すことができます”という内容が規定されています。

したがって、せっかく譲渡しても他の相続人が納得いかない場合には、相続分は取り戻され、他の相続人間で遺産分割協議されてしまう可能性も残されていることに注意が必要です。

第三者への譲渡は手続きが煩雑となる可能性がある

相続分を法定相続人以外の人物に譲渡する場合、その後の預貯金の引き出しや不動産の登記など手続きが煩雑になる可能性があります。

本来相続人ではない人物が遺産を引き継ごうとしているのですから、銀行などの機関も慎重に対処するのは当然ですね。

相続分譲渡に必要な手続き

相続分の譲渡について、必要とする要件や方法について定めた法律はありません。

例え口頭での約束であっても成立します。

つまり、譲渡人と譲受人、双方が合意すれば譲渡の内容は当人たちで決定することができます。

すでにご説明した通り、譲渡する相手も相続人に限られるわけではなく、相続分譲渡の対価についても、無償でも有償でもどちらでもかまいません。

ただし、譲渡できる時期は遺産分割協議が成立する前に限定されています。

このように相続分の譲渡には手続きは不要ですが、ただの口約束ではトラブルになる可能性が心配です。

そのようなリスクを減らすための方法をご紹介します。

相続分譲渡証明書を作成する

相続分を譲渡することが決まったら、まずは譲渡人と譲受人の間で”相続分譲渡証明書”の作成をお勧めします。

”相続分譲渡証明書”とは、「相続分を譲渡しました」と証明する書面です。

また、以下のようなケースでは相続分譲渡証明書が必ず必要になります。

  • 第三者である譲受人が金融機関から被相続人の預貯金を引き出す場合
  • 第三者である譲受人が不動産を相続して名義変更を行う場合
  • 遺産分割調停中の場合

上記3つの場合、相続分譲渡証明書の書き方について提出先に確認すると良いでしょう。

それ以外の場合には特段決まった書式はありません。

相続分譲渡通知書を作成し、他の相続人に送る

相続分譲渡証明書を作成したら次は”相続分譲渡通知書”を作成しましょう。

”相続分譲渡通知書”とは、他の相続人に「相続分の譲渡が行われました」と伝えるための文書です。

この”相続分譲渡通知書”も必ず作成しなければならないものではありません。

しかし、相続分の譲渡があった場合には遺産分割協議に参加する必要があり、仮に遺産分割協議に参加しなかった場合はその遺産分割協議は無効となってしまう可能性があります。

そのため、通知していないと混乱を招く可能性があるのです。

遺産分割協議に支障をきたさないようにするためにも、譲渡証明書とセットで作成することをおすすめします。

この”相続分譲渡通知書”も決まった書式はありません。

相続譲渡はメリット・デメリットを知った上で行うことが大切

相続譲渡は特段の手続きも必要なく、遺産分割協議が成立する前であれば譲渡人と譲受人双方の合意があれば簡単に行うことができるものです。

また、特定の相手に譲ることができるなどたくさんのメリットもあります。

しかし、その一方でデメリットもあることを理解した上で、上手に活用することが大切です。

相続分の譲渡など相続においてご不明点や心配事がある場合には専門家である行政書士にぜひご相談ください。

<参考文献>

常岡史子/著 新世社 『ライブラリ今日の法学=8 家族法』

大村敦志・沖野眞巳/著 有斐閣 『民法判例百選Ⅲ 親族・相続 第3版』

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この記事の執筆・監修者
長岡 真也(行政書士)

長岡行政書士事務所代表。1984年12月8日生まれ。
23歳の時に父親をガンで亡くしたことから、行政書士を志す。水道工事作業員の仕事に従事しながら、作業車に行政書士六法を持ち込んでは勉強を続け、2012年に27歳で合格。
当時20代開業者は行政書士全体の中で1%を切るという少なさで、同年開業。以来。「印鑑1本で負担のない相続手続」をモットーに、横浜市で相続の悩みに直面する依頼者のために、誠実に寄り添っている。最近は安心して相続手続したい方々へ向け、事務所公式サイト上でコラムを発信しており、相続手続の普及に取り組んでいる。

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